――貴方のことが好きだから。
――絆を紡ぎ合わせていきたいから。
――貴方と“かたち”のある絆を求めたい。
魔法少女リリカルなのは Eternal-Memory Scene６ 誰かを想うこと
ミッドチルダの首都クラナガンの大通り。
今日は平日にもかかわらず、たくさんの人で溢れている。
ユーノもまた、その人々の中の一人だった。
「――ふ〜、平日なのに人が多いなぁ……っと、ここだ」
愚痴をこぼしつつもユーノがたどり着いた場所はミッドチルダでも有数の大型書店。
ユーノは今でも読書を欠かしていない。
確かに病気のせいで読書魔法はもう使えない。というか、使えても使わない。
やはり、本は自分でページをめくってこそ本なのだ。
読書魔法ではどちらかというと作業的になってしまうから、趣味の読書には合わないのだ。
「――あっ、ユーノ君やないか！」
「――はやて？」
ユーノが振り向いた先には、私服姿のはやてがいた。
黒をメインとした服に赤色のスカートを着こなして、彼女の魅力を大いに引き立てている。
「こんなところで何してるん？」
「ちょっと、新しい本を買おうと思ってね」
そう言いながら、ユーノは一冊の本を手に取り眺める。
「そういう、はやては？」
「私も同じようなもんやな……久しぶりに休暇が取れたんや」
はやてもユーノと同じように本を手に取り、本の内容を吟味する。
最近本を読んでへんからなぁ、とぼやきながら本を読み進めていく。
「なぁ、ユーノ君。この後ちょっとだけお茶に付き合ってくれへん？」
そんなはやての言葉に、ユーノはこの後の予定のことに思考をめぐらせる。
特に予定は入っていない。あえて言うならば、のんびりと読書でもしようと思っていたくらいだ。
それに、はやてと会うのも久しぶりだ。
「うん、付き合うよ、はやて」
はやてはパンッと本を閉じて、ユーノと向かい合う。
二人は、喫茶店を目指して、書店を後にした。
「――で、最近どうなんや、ユーノ君？」
「何のことかな、はやて？」
白い湯気を立てたコーヒーにミルクをかき混ぜながら、はやてはユーノに詰め寄っていく。
「とぼけてもあかんで、なのはちゃんのことや……付き合ってるんやろ？」
じと目で睨んでくるはやてを、ユーノは苦笑しながら軽く受け流す。
やはり、はやてはなのはの親友で、なのはのことが気になるのだ。
「そうだね……順調だよ。おかげさまって言えばいいのかな？」
目の前にいる、はやてやアリサが何度も自分達をくっつけようとしていたことは、ユーノだって知っていた。
目の前にいる友人は、非常におせっかいなのだ。
まぁ、一度も成功したことはないのだが。
しかし、はやて達がいなかったら、なのはとは今の関係になっていないのだろうとも思う。
良くも悪くも、病気のことが知られてしまった原因は、はやて達にあるのだから。
「ええよ、あれはなのはちゃんが決めて、悩んで、出した答えや……私はなんもしてへん」
「そう、だね……」
そう、なのはは悩んで、悩んで、そして覚悟をして、自身で答えを出したのだ。
ユーノの傍にいるという、答えを。
たとえずっと一緒じゃなくても、共に歩いていく。
すべてを受け入れて、誓ったのだ。
「僕は本当に幸せものだよ……」
ユーノはそう呟く。
はやてはそんなユーノの姿を眺めながら微笑んでいた。
「本当に幸せそうやなぁ、私も早くそんな相手がほしいわ」
「アハハ……早く相手が見つかることを祈ってるよ」
アハハ……と乾いた笑いをあげるはやてをよそに、ユーノは思いをめぐらせる。
なのはのこと。これからのこと。
もう、不安は無い。
自身の死を受け入れ、その上でこの先を歩いていくことを決めたのだ。
なのはと一緒に。
彼女を幸せにしたかったから。
永遠に続く思い出を二人で刻んでゆくと誓ったから。
だから、ユーノはここにいる。
「……で、無限書庫をやめたユーノ君は、今後はどうするつもりなんや？」
はやては、少しまじめな顔でユーノに尋ねる。
もちろん、ユーノの体のことは知っているし、ユーノの考えも知っている。
だけど聞くのだ。それはたぶん、誰にとっても大切なことだから。
「ゆっくりとね……なのはやヴィヴィオと穏やかで暖かな生活をしようと思うよ」
それは、昔からユーノが想っていた夢であり願望。
そして、一度は諦めてしまったモノ。
「長くはないかもしれないけどね、一緒にいようと思うよ」
一度は諦めてしまったからこそ、今度は離さないように。
「……そっか。それなら、もう、なにも不安はあらへんな」
心の底からはやてはそう思うことが出来た。
自分達のおせっかいや助言がなくても、きっと二人はうまくやっていくだろう。
「――なのはちゃんと幸せにな」
飛び切りの笑顔で、はやてはユーノを祝福した。
「ヴィヴィオ、気をつけて行って来るんだよー」
「遅くなるときは連絡するんだよ」
「うん、なのはママ、フェイトママ、いってきまーす！」
ユーノがはやてと会っているときから少し時は遡り、その日の朝。
ヴィヴィオが元気よく声を上げて、車から降りて学校へと向かっていった。
「ごめんね、フェイトちゃん。ヴィヴィオまで送ってもらっちゃって」
「わざわざ謝らないでよ、なのは。ちょうど通り道だしね」
フェイトはそう言って、アクセルを踏み、車を発進させる。
なのはもフェイトも今日は本局での仕事。
なのはは車を持っていなかったので、フェイトに乗っけてもらったというわけだ。
休日は混んでしまう道路も、平日である今はスイスイと進んでいく。
窓から見える景色が止まることなく流れるのを、なのははボーと眺めていた。
「なのは、どうかした？」
急に声をかけられたなのはは、ハッとフェイトのほうをを振り向く。
「な、なんでもないよ、フェイトちゃん。ちょっとボーとしていただけだから」
運転中にもかかわらず、フェイトはなのはをちらりと見て微笑んだ。
「もしかして、ユーノのことでも考えてた？」
「――っっ！」
「ふふっ、顔が真っ赤だよ、なのは」
フェイトが言ったとおり、なのはの顔はりんごのように真っ赤になっていた。
そんななのはを横目で見ながら、フェイトはなのはに尋ねる。
「――やっぱり、不安？」
「……不安がないって言うと、それは嘘になっちゃうかな……やっぱり不安はあるよ」
少しうつむきながら、なのははそう答える。
――不安。
それは、自分のこと。ユーノの体のこと。これからのこと。
「とっても幸せなんだけどね……だからこそ不安に思うのかな」
「――なのは……」
愛する者との、確定した別れ。
まだ２０歳という歳では、抱えるのにはあまりにも大きすぎる問題。
「……あはは、どうもフェイトちゃんと一緒にいると弱音が出ちゃうな……」
「――なのはっ」
その言葉を聞いたフェイトは、気づいてしまった。
なのはがわずかに震えていることに。
だから、車を道路の脇に止め、かすかに震えるなのはの身体をその両手で優しく抱きしめた。
「ふぇっ、フェイトちゃん！？」
急に抱きしめられたなのはは、慌ててフェイトの名前を呼んだ。
そんななのはをよそに、フェイトはより深くなのはを抱きしめた。
「――ねぇ、なのは……」
優しく、それでいて強さを込めて語り掛ける。
「不安だったり、心配だったりして、なのはの心が苦しくなったら遠慮なく私に話して……
私にはユーノの体を治すことなんて出来ないし、なのはの不安を全部無くすことなんて出来ないのかもしれない。
だけど、話を聞くことは出来るから……」
「フェイトちゃん……」
目を潤ませ、なのはは親友の名を呟く。
「ユーノがなのはを大好きなように、私もなのはのことが大好きなんだよ
だからね、話を聞くことで少しでも不安を和らげることが出来るなら、話を聞くよ……」
なのはと出会ったときは、自分が話を聞いてもらった。
あの時、話を聞いてもらったからこそ、今の自分がいるとフェイトは想う。
だから――だからこそ。
今度は、自分が。なのはの想いを受け止めようと。
「――ありがとう……本当にありがとう、フェイトちゃん」
フェイトの腕の中で、なのはは静かに涙を流した。
その気持ちがうれしくて、ほんとうにうれしくて。
なのははしばらくの間、フェイトの腕の中で親友の暖かさを感じていた。
「――落ち着いた、なのは？」
「――うん」
フェイトの腕の中から離れたなのはは、フェイトの言ったとおり落ち着きを取り戻していた。
「ユーノ君のことはね、どうしようもないことなの……だけどね、私はそれを受け入れたんだ
だから、たくさんの想い出を作ることにしたよ――ユーノ君とヴィヴィオと一緒に」
今のなのはの瞳には不安よりも幸せが溢れていた。
その瞳を見たフェイトは心から安心した。
「うん、なのはならきっと、たくさんの想い出を作ることが出来るよ」
そして、フェイトは車を発進させる。
フェイトは、思う。
どんな結末が待っていても、なのはとユーノは幸せなのだろうから。
それで、いいと思った。
「そういえば、なのは」
「うん、どうしたのフェイトちゃん？」
先ほどまでのまじめな雰囲気とは違い、フェイトは軽く尋ねた。
「ユーノとはいつ結婚するの？」
「ふえぇぇぇ〜！」
顔を真っ赤にしてフェイトの結婚発言になのはは驚く。
そんななのはに対してフェイトは呆れた目を向けた。
フェイトとしては、何を今さら赤くなっているのか疑問に思うところだ。
「だって、なのははユーノと結婚するんでしょ？ そしたら私達の中で一番乗りだね」
「け、結婚はしたいと思ってるけど……も、もうちょっと気持ちを通わせてから……」
ハァ〜とため息をついてから、フェイトはアクセルを踏みなおした。
結局のところ、この親友はどこまで行っても奥手なのだ。
「――結婚かぁ……」
フェイトは一人呟いてみる。
結婚――永遠の愛を誓い合う行為。
まったくもって実感できない言葉だ、とフェイトは思う。
そして、自分にはそんな相手もいないことを思い、もう一度ため息をついた。
その日の夜。
自分の部屋の扉に手をかけたユーノは違和感を覚えた。
「――あれっ？ 鍵が開いてる……」
ユーノは出かけたときのことを頭の中に思い浮かべる。
「確かに、鍵は閉めたはずなんだけど……」
しかし現に目の前の扉には鍵はかかっていない。
だからユーノは緊張感と警戒心を強めて、扉をひらい――
「――ユーノ君っ！ おかえり！！」
「――わっ！！」
ユーノが扉を開けるよりも早く、扉が開き、誰かが飛びついてきた。
誰かがといっても、こんなことをする人物には、一人しか心当たりがいない。
「な、なのはっ！」
「――えへへっへ〜、来ちゃった」
なのはは満面の笑みでギューとユーノに抱きついてくる。
「と、とりあえず……中に入ろう」
そう言ってユーノとなのはは部屋の中に入る。
肩がかすかに触れ合う距離で、寄り添いあうように二人はベッドの上に座る。
「――にゃははは〜」
「なのは……抱きついてくるのは構わないけど、いきなりどうしたの？」
ユーノの疑問ももっともだった。
目の前で抱きついてくるなのはは明らかにいつもと様子が違っている。
「んー、なんとなく、逢いたくなったの！」
「んーと、あまり答えになってないんだけど……」
左手の人差し指で頬をかきながら、ユーノは困った口調で答える。
やはり様子が変だと、ユーノは感じた。
なのはは明るい子だ。ユーノだってそれは充分に分かっている。
だけど、ユーノが変だと感じてしまうほどに、なのはは明るく振舞っているように見えた。
「今日は、泊まっていってもいいよね？」
そんなことを、なのはに言われてしまったらユーノに断ることなんて出来るはずがなかった。
「それは、かまわないけど……ヴィヴィオは今どうしてるの？」
「ヴィヴィオなら、今日はフェイトちゃんのところにお泊りをしてるよ――今日は二人きりで居たかったから」
そう言った後、なのはは抱きしめる力をほんの少し強めた。
そして、唐突に訪れる静寂。
――なのはは黙ったまま。
――ユーノも黙ったまま。
聞きたいことはたくさんあったけれど、ユーノは何も喋らなかった。
ただ、静かになのはが口を開くのを待つ。
ユーノはなのはの髪を優しくなでる。
ユーノが触れたなのはの身体は、今にも消えそうで儚かった。
「――あのね、ユーノ君……」
「――なに？ なのは」
どのくらいの時間が経ったのか、なのはが小さい声でユーノの名前を呼んだ。
その呼びかけに、ユーノは優しく答える。
「――今日ね、フェイトちゃんといろいろお話しをしたんだ」
「――うん」
その小さな声を、ユーノは受け止める。
「たくさんお話したんだ……ユーノ君のことを……」
「――それで？」
「ユーノ君と一緒にいられることは、すごく幸せ…………だけど、不安なの……」
静かな部屋に“不安”という言葉が響く。
いつまで一緒にいられるかという不安。
「――僕には、その不安を取り除いてあげることなんて出来ない。だけどね――――」
ユーノにだって同じような不安はある。
ただ、残して逝くものと、残されるものとでは、圧倒的に後者のほうが辛い。
そんなことはユーノもなのはも分かっていた。
それでもなお、一緒にいたいと二人は願ったのだ。
「やわらげることなら、僕にも出来るんだ。――不安を塗りつぶすくらいの想い出を、なのはと刻んでゆけば……」
「――そう、だね……」
聞こえるか聞こえない程度の小さな肯定。
今はそれで充分だった。
ゆっくりとなのはの不安を消せればいいとユーノは思った。
「――ねぇ、ユーノ君」
ベッドの上で寄り添うように座っていたなのはが急にユーノの手を握った。
「まず、ここで、最初の想い出を作りたいな……」
「――ここで？ なにを――」
最後まで言葉を発する前に、ユーノの唇がふさがれた。
なのはの唇で。
蕩けるように熱い口付け。
口付けをしながら、なのははユーノと一緒にベッドに倒れこむ。
ユーノが下で、なのはが上で。
そしてなのはが四つんばいでユーノの顔を覗き込むようにして言う。
「――絶対に、消えない絆を……心だけじゃない、二人が一緒だっていう証をちょうだい……」
「――なのは……」
なのはが何を言いたいのか、ユーノははっきりと分かった。
だから、おもいっきりなのはを抱きしめた。
「――うん、繋ごう、絆を……残そう、証を……」
「――うん」
そして、その夜、二人は一つになった。
つづく
あとがき
話の役割としては、幸せと不安。タイトルにもあるように、誰かを想うことです。そして、なのはとユーノの関係が少しだけ
進んでゆきます。Ｅｔｅｒｎａｌ−Ｍｅｍｏｒｙは次が最終話です。
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