「――ねえ、どっちなのっ？」

「――ヴィヴィオだよねっ」

「――ユーノ君！」

「――ユーノパパ！」

　事の発端は、時は遡ること、ほんの少し前。

「――ん〜んんっ〜んん〜」

　陽気な鼻歌が、ソファーの上で響いている。

　久しぶりの休日。久しぶりの団欒。

　ユーノの太ももを枕ののようにして、ヴィヴィオはソファーの上に寝そべっていた。

「……ふふっ、まるで猫みたいだね、ヴィヴィオ」

「――にゃー」

　猫の鳴き声のまねをしながら、ヴィヴィオがユーノの太ももに頬を摺り寄せる。

　そんな愛しい娘の、可愛らしい仕草を見て、ユーノは微笑む。

　ヴィヴィオと初めて出会ってから、約一年。

　ヴィヴィオに『パパ』と呼ばれるようになってから、半年近く経った。

（――この一年、ほんとにいろいろな変化があった）

　ヴィヴィオと出会ったことがその最たるものだ。

　それがきっかけで、なのはとの関係も変化していった。

　――親友から恋人へ……そして今度は家族へと。

　変化のはじまりを与えてくれたのは、きっとヴィヴィオ。

　そんなヴィヴィオに感謝しながら、ユーノはその髪を優しくなでる。

「ヴィヴィオ、気持ちいいかい？」

「うん、ユーノパパ……」

　本当に気持ちよさそうに、ヴィヴィオが目を細める。

　そこには、本当の家族のような、暖かい光景があった。

　そして、それをジーと見つめる視線がひとつ。

「――ユーノパパぁ〜」

「……ん、どうしたの？」

　しばらくすると、ヴィヴィオが起き上がりユーノの頬へ軽く口づけをする。

　そんな可愛らしい行為をされて、ユーノはヴィヴィオをギューと抱きしめた。

「本当にヴィヴィオは可愛いなぁ」

「うにゅぅ」

　二人の姿は親子という枠を超えて、まるで恋人達のように見えた。

　当人達にはそんな自覚はないのだが、そう見えてしまったのだ。――彼女には。

　そして、とどめの一撃が入る。

「――ヴィヴィオは、ユーノパパのことが、いちばん大好きだよぉ」

「――ふふっ、僕もヴィヴィオのことが世界で一番好きだよ」

　お互いに『一番大好きだよ』と言い合う姿は、本当に好き逢っているようで。

　そこにいるのが自分でないことに、とても嫌な気持ちが芽生えて。

　なのはは、相手がヴィヴィオだということも忘れて――

「……ね、ねぇ、ユーノ君……わ、私は？」

「――へっ？」

　キョトンとするユーノをよそに、顔を真っ赤にさせて、なのはは言葉を続ける。

「わ、私のほうが好きだよね？　いちばんはヴィヴィオじゃなくて、私だよね？」

「……むぅ〜、ちがうよ、なのはママ。ユーノパパが一番好きなのはヴィヴィオだよぉ！」

　まるで宝物を取られまいとする子供のように、ヴィヴィオがユーノの左腕をギュッとつかむ。

　その様子を見ていたなのはも、慌ててユーノの右腕に引っ張るような勢いで抱きつく。

「――ヴィヴィオ、ユーノ君を放して」

「――なのはママこそ」

「ちょ、ちょっと二人とも！？」

　二人は目線で火花をパチパチ散らせながら、にらみ合う。

　ユーノといえばおろおろとヴィヴィオとなのはの顔を見る。

「――むっ……ヴィヴィオ！」

　語気を強めて言うなのはに、

「――むぅ〜」

　ひしっと、その小さな身体をユーノに寄せるヴィヴィオ。

「……ねぇ、はなしを――」

　ユーノの言葉は、もはや二人の耳には届いていなかった。

　なのはとヴィヴィオはしばらくにらみ合い、口を開いた。

「――ふ〜ん、それならユーノ君に決めてもらおうよ……もちろん、ユーノ君のいちばんはママだけどね」

「――あとから、こうかいしても知らないよ、なのはママ」

　二人はクルッと視線をユーノに向け、戸惑っているユーノに言葉を綴る。

「ユーノ君！」

「ユーノパパ！」

　二人はそろってユーノの名を呼ぶ。その声は真剣そのもの。

「――っちょっと！？　二人とも落ち着いて――」

「――ねえ、どっちなのっ？」

「――ヴィヴィオだよねっ」

　やはり、ユーノの言葉は二人に届くことなく、なのはとヴィヴィオがユーノに詰め寄る。

　ユーノはどうやってこの場を収めようか、と考えながらも、二人の質問の答えも探した。

　なのはとヴィヴィオ――どちらが一番好きなのか。

（――って、そんなこと決められるわけ無いじゃないかっ！）

　そう、その通りなのだ。

　ユーノにとって、なのはもヴィヴィオも“いちばん”であって、そこに優劣なんて存在していないのだ。

「――二人ともって言うのは……」

「――却下」

「だめぇ！」

　ユーノが出した無難な案は、一瞬にして崩れてしまった。

（……ど、どうしよう……なんて答えたら）

　ジーとこちらを見てくる、二人の視線。

　しばらくの間、ユーノは黙っていたが、その視線に耐えられなくなり、声を上げた。

「――ヴィヴィオ！」

「……えっ」

「……あっ」

　二人の反応はそれぞれだった。

　なのはは目を見開いて、放心しているようだった。

　それに対してヴィヴィオは、本当に幸せそうな顔でユーノの頬にキスをする。

「わーい、ユーノパパ〜！　ヴィヴィオもユーノパパのこと大好きー」

「ちょ、ちょっとヴィヴィオ、くすぐったいよ」

　じゃれあい、触れ合う二人を見てなのはは放心状態から回復した。

　そして、少し目に涙を浮かべながらユーノに言った。

「ヴィヴィオが好きなら、ヴィヴィオと付き合えばいいじゃない！　もう、ユーノ君なんか知らない」

　なのははその場から立ち上がり、隣の部屋への扉に手をかける。

　そして、バタンッと扉を閉めてしまった。

「――なのは……」

　扉の向こうに行ってしまったなのはを見てユーノはそうポツンと呟いた。

「――はぁ……なんで私あんなこと……」

　なのははベッドの上で小さくうずくまりながら呟いた。

　先ほどの自分の行動を振り返って、激しく落ち込んでいた。

　“すき”に順番なんてありもしないのに、ありもしないものを望んでしまった。

「まさか、ヴィヴィオに嫉妬するなんて……母親失格だよ」

　常々、自分は少し嫉妬深いとは感じていたけれど、まさか自分の娘にまで嫉妬するとは思ってもいなかった。

　相手がヴィヴィオであっても、ユーノには自分をずっと“いちばん”にしていて欲しかった。

　そんなことを考えてしまう自分に、なのははさらに落ち込んだ。

　ユーノがヴィヴィオと答えた理由も分かる。

　自分は大人で、相手は子供。

　本来なら自分が我慢する立場なのだ。

　きっとユーノだって、そう思ってヴィヴィオと答えたに違いないのだ。

「……あ〜あ、明日ヴィヴィオやユーノ君にどんな顔で逢えばいいんだろう……」

「――いつもどおり、笑顔で居てくれればいいよ」

「――えっ？」

　なのはの振り返った視線の先には、ユーノの姿があった。

　少し申し訳なさそうな顔で、なのはを見つめていた。

「ゆ、ユーノ君、どうしてここに……」

「――なのはが勘違いをしているから」

　ユーノがなのはの元へと足を進める。

　なのははなんだかいたたまれなくて、ユーノから視線をずらす。

「……勘違いって……どういうこと？　ヴィヴィオが“いちばん”だってことが？」

　それはそれで、なのはにとって複雑である。

　なぜなら、それはユーノがヴィヴィオに対して嘘を言ったことになってしまうからである。

　なのはは、大好きなユーノの嘘をつく姿は見たくなかったのだ。

「違う。ヴィヴィオは僕にとって“いちばん”すきな人だよ」

　そこでユーノは一息入れ、そしてなのはを抱きかかえて、耳元で囁いた。

「……で、なのはは僕にとって“いちばん”愛する人だ」

「――えっ？」

　驚くなのはをよそに、ユーノは言葉を続ける。

「だから、“いちばん”愛している人。――もう、僕のなのはに対する気持ちは“すき”じゃ足りないんだ」

「――ユーノ君……」

　徐々になのはの顔が真っ赤になっていく。

　そして、ユーノの言葉を頭に伝える。

「なのはが“にばんめ”ってことじゃないんだ、わかってくれた？」

「――う、うん」

　完全に真っ赤になってうつむくなのはの頬に、ユーノは優しく口付けを落とす。

　なのははその感触の余韻に浸っていたが、ハッとヴィヴィオのことを思い出した。

「うう……、どんな顔してヴィヴィオに会えばいいんだろ……」

「――それなら、大丈夫だよ」

「なのはママ〜！」

　扉がバンッと開いて、ヴィヴィオがなのはとユーノの元に飛び込んでくる。

「ヴぃ、ヴィヴィオ！？」

　驚くなのはをよそに、ヴィヴィオが小さい身体をなのはに寄せる。

　そんな二人の様子を、ユーノが楽しそうに眺める。

「やっぱり、なのはママもだぁいすき！」

「ちょ、ちょっと……くすぐったいよ」

　その柔らかく、ぷにぷにした頬を摺り寄せてくるヴィヴィオ。

　なのははそんな娘を、戸惑いつつも抱きしめる。

　そう、ヴィヴィオにとって、なのはもユーノも大切な家族なのだ。

　本当の家族ではないけれど、ないからこそ、ヴィヴィオにとって二人は大好きな人。

　その想いに、やはり優劣など無いのだ。

　ユーノが“いちばん”で。

　なのはも“いちばん”なのだ。

「ママも、ヴィヴィオのこと大好きだよ」

「わぁーい」

「ふふふっ」

　抱き合うなのはとヴィヴィオに、ほほ笑むユーノ。

　そこに存在するのは、幸せな家族の風景だった。

　――すき、好き、スキ……

　――いろいろな伝え方はあるけれど

　――君に贈る言葉は

　　“愛してる”

END




あとがき
遅くなりましたが、SWさんからの１１００００ヒットのリクエストSS「ユーノを巡ってのなのはとヴィヴィオの微笑ましい対立」でした。
挿絵もいつもと違った描き方にしてみました〜微笑ましさが出ていれば幸いです
ちょっとしたことで嫉妬するなのはが可愛いですｗ

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