新暦七十八年。管理局を脅かした事件、首謀者ジェイル・スカリエッティによるレリック事件が終結してから約二年の歳月がたとうとしていた。事件の際、英雄的な活躍をした部隊、古代遺物管理部・機動六課も解散してからも同じくらいの時が流れた。
　解散してからの約二年、JS事件のような大きな事件もなく、次元世界は平和で包まれていた。
　機動六課に所属していた空戦魔導師、高町なのはもまた、そんな束の間の休息を享受していた。

「――はぁ、もう二年もたったのかぁ……」

　秋の空を窓からなんとなく眺めながら、なのはは物思いにふけっていた。
　時間の流れというのは誰にとっても一定である。苦しい時間は長く感じるというのに、楽しい時間というものは、あっという間に過ぎて行ってしまうものである。
　なのはにとって、機動六課が解散してからの二年間という時間は一瞬のような時間だったように思える。
　楽しかったこと、嬉しかったこと、幸せだったことが、ぎゅっと詰まったような時間だった。
　JS事件は無事解決した、無茶をして傷ついた身体も無事完治。とても大切な娘とも出逢うことが出来た。

　――そして、何よりも――

「――えへっ……えへへへ……」

　数日前の出来事を思い出して、なのはは己の左手の薬指を見ながら、顔を緩ませる。
　薬指にはめられているのは、桜色と翡翠色の宝石があしらわれたシルバーリング。――俗に言う、結婚指輪というものだ。
　なのはは数日前に『彼』にプロポーズをされたのだ。
　彼との関係がこの二年間で大きく変化したのだと思う。彼とこのような――結婚という関係を結ぶこと自体、二年前のなのはには全く想像出来なかった。

（――結婚かぁ……）

　もう一度、頭の中で言葉を思い浮かべて、クスリと笑う。
　彼――ユーノ・スクライアと出逢ってから十年以上の月日が流れた。
　なのはの魔導師としての今を歩むきっかけになった人物。ずっと隣を寄り添い歩いてきた大切な親友。そして今や、この先の未来を歩いていくと決めた最愛の人。
　きっと、今の状態が幸せなんだなと、なのはは心から思った。





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　その日もなのはにとって、いつも通りの日だった。
　ヴィヴィオとユーノとともにクラナガンに出かけてお買い物。そのあとには、少し静かな小高い丘でゆっくりと自然を眺めながら過ごす。これがなのはにとってのユーノとのいつも通りのデート。

　なのはがユーノと付き合い始めたのは一年と少し前のことだった。付き合うことになったきっかけは、ほんの些細なことからだった。
　娘であるヴィヴィオがザンクト・ヒルデ魔法学院に通い始めて、なのははユーノと会う機会がぐっと増えた。理由は簡単。なのはがヴィヴィオとの待ち合わせに無限書庫を利用するようになったのだ。無限書庫を利用すれば、必然的にそこで司書長として働くユーノと顔を合わせることが多くなる。
　もともと、なのはとユーノは友達以上な恋人未満の関係を続けていたのだ。恋人になるような人は、なのはにとってユーノしかなく、ユーノにとってもなのはしかいなかった。それは、他人の目から見たら明らかだったのだが、どうしてだか本人たちは気づいていなかった。
　それが無限書庫にヴィヴィオとともに通うようになってから、様子が変化した。いつまでも同じでいることは出来ない事に気がついた、それ以上を望んでいる事になのはは気づいたのだ。
　そして告白。初めてのデート。初めてのキス。――そして、ひとつになった夜。
　そのすべての記憶が色あせることなく、なのはの頭の中に残っている。

「――なのは……」
「――なぁに、ユーノ君？」

　心地よい風吹く丘の上にあるベンチで、なのはとユーノは寄り添い座っていた。
　周りには人気はなく、鳥の鳴き声が時折聞こえてくる。ユーノから教えてもらった、なのはのお気に入りの場所のひとつである。
　少し離れた場所では、ヴィヴィオが座り込んで何やら作業を行っている。花を摘んで、それを一生懸命織り込んでいる。いわゆる花飾りを作っているとこだ。

「大切な話があるんだ」
「うん」

　ユーノが改まって話をしようとしているのにつられて、なのはは若干姿勢を正して話に耳を傾ける。
　ユーノの顔をのぞく。それだけで、なんとなくユーノが言おうとしていることが分かってしまう。
　そんな自分に、心の中でくすりと笑う。

「――なのは、僕と結婚しよう」

　その言葉とともに、ユーノは小さな小箱をポケットから取り出す。小箱の中には、桜色と翡翠色の宝石があしらわれたシルバーリングがおさめられていた。
　結婚。それは、これからの人生を共にするという誓いをする儀式。
　ユーノと恋人になって、いつかはと心の片隅で願っていた言葉。

「結婚したところで、何かが変わるわけじゃない。もしかしたら不必要なことなのかもしれない……だけど、それでも僕は――」

　言葉を続けるユーノを抱き寄せて、その頬に優しく口づけをする。
　もう言葉なんかいらない。

「――わたしは嬉しいよ」

　ユーノが言ったように結婚したからといって何かが大きく変わるわけじゃない。けれど変わるものだってある。それがどんなに小さいことだったとしても、とても大切な何かが胸の中に溢れてくる。

「私はユーノ君と一緒になりたい。これからもずっと一緒に居たい。それは結婚をしなくても出来ることかもしれないけど、私はユーノ君と結婚したい」

　きっと結婚は絆の証。家族の証明。これから一緒に生きていくという誓いなのだ。

「――ありがとう、なのは」

　そう言って、ユーノは指輪を取り出してなのはの左手の薬指にそっとはめる。
　左手の薬指に訪れた微かな重み。その小さな違和感に、なのはは幸せを感じることが出来た。

「――ありがとう」

　もう一度ユーノはそう言って、なのはを強く抱きしめる。
　なのははその抱擁を享受する。そして自らも、ユーノのことを固く抱きしめる。
　全身でお互いの体温を感じる。それだけですべてが満たされるような感覚。


「――なのはママとユーノパパ、何しているの？」

　二人が振り返ってみれば、きょとんとした顔で愛娘――ヴィヴィオが不思議そうに二人の顔を覗き込んでいる。その小さな手には、先ほどまで一生懸命作っていた花飾りが握られている。

「――えーと、ね……」
「――うんと……」

　言葉に詰まるなのはとユーノ。さすがに娘の前で抱き合っていたのを見られたことが恥ずかしいのだろう。日常的にキスなどを恥ずかしげなく見せつけているくせに、プロポーズの直後の抱擁ということで気恥ずかしかったのかもしれない。

「――いつも通り、いちゃいちゃ？」

　娘にそう言われてしまうほど、日常的にいちゃいちゃしているだろうか、とぽかんとしながらなのはとユーノはお互いに顔を見合わせる。
　そして、どこからともなく可笑しさがこみ上げてきて、笑いがこみあげてくる。

「――ヴィヴィオも一緒に、いちゃいちゃする？」
「うん！」

　わーと声をあげて、ヴィヴィオがなのはとユーノの間に挟まれるように抱きつく。
　その光景は、まさに家族のようだった。




つづく

（つづきは同人誌に掲載されます）