それは夢にまで見た時間で。
いつから願っていたかわからない願いで。
だから私は、最高の幸せ者だった。
魔法少女リリカルなのは Another world −幸福へと至る道− Part0.幸福な時
なんとなくボーと壁にかかった時計を眺める。
チクタクと音を奏でる秒針は、なんとなく心を落ち着かせてくれる。
久しぶりの休日、特にこれといってやることがない。
洗濯物も取り込んだし、掃除も終わってしまった。買い物も昨日の内にすましている。
娘は友達の家に行ってしまったし、夫も出かけてしまっている。
――そう、夫。旦那さま。
そして私――高町なのはは、２か月前からその薬指に輝いている銀色の指輪を見て顔をほころばせた。
２か月前、私とユーノ君は結婚した。
そこに至る過程は、言葉では表せないほど大変だった。
告白をしたのは機動六課が解散した後。
友人たちから言わせれば、遅すぎる告白。
――告白。そして失恋。
そう、一度目の告白は見事に玉砕してしまった。
あの時は、かなしくて、かなしくて、世界が色あせて見えた。
今でも、思い出すと悲しくなって、胸が締め付けられる。
さらに知ったのは、知りたくもなかった現実。
ユーノ君が侵されている病気。それは死に至る難病。
なんど世界を恨んだだろうか。なんど呪っただろうか。
だけど、それでも一緒に居たいと想ったから。
私は、再び、想いを告げた。
気持ちは繋がり、私たちは付き合うことになった。
今という時間が大切で、未来の不幸より、今の幸福を私は選んだ。
それからは、幸せの連続だった。
どれもこれもが宝石のように輝いていて、私の心の中に残っている。
「――幸せだなぁ……」
薬指の指輪を見つめながら、一言つぶやく。
愛しい娘がいて、愛する夫がいる。
いつまでも一緒に居られないことは覚悟しているけど、それでもいつまでも一緒だと願う。
結局のところ、理解しているつもりで、なにも分かっていないのかもしれない。
ユーノ君の病気のことを。大切な人を失うということを。
「――ああ、そうだ……」
特にやることがないならばと思い、机にしまってあった本を取り出す。
タイトルは『初級治療魔法』。その名の通り、簡単な治療系の魔法が書かれている本だ。
これはユーノ君にも秘密の日課。
ユーノ君の病気が発覚してから、ひそかに日課としているのだ。
自分に治療魔法の素質が無いことは十二分に理解をしている。
それこそシャマルさんなんかには到底及ばないし、ユーノ君にすら及ばない。
それでも、なにもしない事にいてもたってもいられず、こうやって勉強をしているのだ。
シャマルさんでさえ完全な治療は不可能だと言ったのだ。既存の治療魔法じゃきっと役には立たない。
だから、私のしていることは、本当に無意味なのかもしれない。
だけど、それでも、かすかな希望にすがって、こうやって新たな治療魔法の開発へ挑戦しているのだ。
まぁ、今のところなにも成果は上がっていない。簡単な治療魔法を覚えるだけで四苦八苦だ。
こういうときに、戦闘だけが取り柄だった自分を恨めしく思う。
その才能が繋いでくれた絆があることも事実。
だけど、今だけはそんな才能はいらないと思ってしまう。
「――ふぅ、やっぱり難しいなぁ……」
本を読み進めて２時間ほど経過。
そろそろ、夕飯の時間。ヴィヴィオもユーノ君も帰ってくる時間だ。
読んでいた本を、机の中にしまって、夕飯の準備に取り掛かる。
今日のメニューはヴィヴィオが大好きなハンバーグ。
そんなことを考えていると、タイミング良く玄関から声が聞こえる。
「――ただいま！ なのはママ！」
「ただいま、なのは」
どうやら、娘と夫、二人同時の帰宅らしい。
別々に出かけたはずなのに、これまた珍しい。
「おかえり、二人とも。二人一緒なんて、タイミングがいいね」
ユーノ君が脱いだ上着を受け取りながら言葉をかける。
「うん、丁度帰り道に一緒になってね。そのままヴィヴィオと散歩に行ってきたんだ」
「――ふーん、私だけ仲間はずれかぁ……誘ってくれればよかったのに」
ちょっとだけ不満げに、ユーノ君を見つめる。
本当に不満なわけではない、ちょっとだけ意地悪を言ってみただけ。
「――なのはは、家にいたんじゃないか」
「――ふーんだ」
拗ねたフリ。
こんな些細なやり取りも、永遠に残る想い出と変わっていくのだ。
だから、この一瞬一瞬を、心に刻んでいく。
「――なのはぁ」
ユーノ君の少し情けない声とともに、私の体が彼の腕によって包み込まれる。
いつでも感じていたい、暖かい温もり。
身体だけではない、心から暖かくなるのだ。
「――ユーノ君」
「――なのは」
そのまま、ユーノ君の翡翠の瞳を見つめる。
そして、自然と唇と唇が近づいて。
――じ〜。
こちらを見つめる赤と緑の瞳。
もちろん、それはヴィヴィオの眼。
その視線に気づいてしまい、私もユーノ君もカチンコチンに固まる。
――じ〜。
き、気まずい。
さすがに、娘の前でキスをするのは恥ずかしい。
「――続きは？」
その一言で、私もユーノ君も真っ赤になるのが分かった。
＊＊＊＊＊＊＊＊
何事もない日常が続いていく。
永遠ではない、一瞬でしかない日常。
幸せで溢れている日常。
――幸福の時。
ユーノ君が微笑みかけてくれて、ヴィヴィオが笑いかけてくれる。
私を穏やかに包む、優しい幸福。
時間がないことは十分理解している。
だけど、今ある幸せをかみしめて。
いつか来る別れを乗り越えられるように。
今は、三人で一歩ずつ。
確かな道を、今を歩いていく。
――この時の私は何も知らなかった。
――私の選んだ道は、幸福へと繋がっていない事を。
――その先にあるのは、絶望だけだということを。
あとがき
この話はEternal-Memoryとは別の話となっています。決して最終話とエピローグをつなぐ物語ではありません。
Eternal-Memoryはあれで完結した物語です。
『もうひとつの可能性の物語』と考えてください。
最初から、今までのテイストとは違い暗めですけど、最後までお付き合いください。
ご意見ご感想お待ちしております