何も考えずに、魔法を展開する。
いつもと変わらない作業、１０年間慣れ親しんだ作業。
頭にズキッと痛みが走ったけれど、それを無視して仕事に没頭する。
さらに三つ、検索魔法を展開する。
頭の痛みはさらに増した。だがそんなことはもう関係が無い。
むしろ、悲しませてしまった償いとして受け入れようと、ユーノは思った。
――なのはの告白を断ってから一週間が経っていた。
魔法少女リリカルなのは Eternal-Memory Scene3 目の前の現実
なのはの告白を断ってから、ユーノは今まで以上に仕事に没頭していた。
いつものように無限書庫の中で、本に囲まれながら仕事を続ける。
魔法の使用は自分の命を縮めると理解していながらも、ユーノは魔法を使用した。
そうすることによって、誰かを救えるのならばそれでよかった。
――なにより、仕事をすることで、なのはの顔を忘れることが出来た。
あの、涙を流したなのはの顔が頭から離れなかった。
悲しみにあふれた顔……その顔をなのはにさせてしまったのが自分だという事実は、ユーノに重くのしかかった。
覚悟はしていた。だけど、実際に目の前にした時には心が折れてしまいそうだった。
そのまま、なのはの告白を受けてしまいたくなった。
ユーノだってなのはの事がなによりも大切で、大好きなのだから。
しかし、それは無理な話だ、とユーノは思った。
――なぜなら、ユーノとなのはは……
――ずっと一緒には居られないのだから……
だからユーノは信じている。
自分は正しかったのだと。自分は間違っていないと。
―――ジリリリリリリッッーー
薄暗い部屋に響いた目覚ましの大きな音で、なのはは目を覚ました。
立ち上がり、自分の顔を鏡で覗き込む。
「――ひどい顔……」
なのはは自嘲気味に呟いて、またベッドに伏せた。
目が赤くはれていた。きっと昨日も泣き明かしたからだ、となのはは思った。
「――あれから……一週間経つのにな……」
なのはがユーノに振られてから一週間。
長い間、想いを寄せて、告白してから一週間。
自分の想いが、叶わない、ただの夢だと思い知ってから一週間。
あのときの事を思い出すだけで涙が溢れてくる。
それほどまでに、なのははユーノに想いを寄せていた。
今もまた、溢れそうになった涙をグッとこらえる。
「今日のお仕事は……あっ、今日はお休みだっけ……」
一週間ぶりの休暇。
フェイトたちにお出掛けしようと誘われていたことを、なのはは思い出した。
フェイトたちと会うのも一週間ぶりだ。
「――こんな顔じゃ、みんなに会えないな……」
自分の友人達は鋭いのだ。
こんな顔を見せれば、何があったのか追求されることは間違いなしだ。
それに、なのはは友人達に余計な心配を掛けたくなかった。
顔を洗うために、なのはは洗面台に向かう。
そして、水道の蛇口をひねって水を流し、顔を洗う。
「――これなら大丈夫かな？」
無理して鏡に向かって笑ってみせる。
――痛々しい笑顔だけが鏡に映っていた。
「――なのは、何があったの？」
「――なのはちゃん、何があったんや？」
「――――えっ……？」
集合場所のカフェに着いて、いきなりそんなことを言われたので、なのはは戸惑っていた。
突然だったからビックリしたけれど、なのははフェイトにもはやてにも心配をかけさせたくなかった。
だから、無理して笑って答える。
「な、なに言ってるの、二人とも？ 別になんでもないよ」
あはは〜、と笑いながら話題を逸らそうとしたけれど、それも無駄に終わった。
「そんな泣きそうな顔をして言っても、全然説得力ないよ」
「そや、今にも泣きそうな顔をしてるやないか」
どうやら１０年間一緒だった親友達を騙すことは出来ない、となのはは痛感した。
どんなに隠そうとしても、結局はどこからかバレてしまうのだ。
だから、なのはは包み隠さず話そうと思った。
――心の何処かで、弱音を吐きたい自分がいたのかもしれなかった。
なのははフェイトとはやての顔を見る。
そして、勇気を振り絞って声を出した。
「――――――私……ユーノ君に振られたんだ……」
一瞬、空気が固まったようになのはは感じた。
フェイトもはやても、驚きと困惑が入り混じった表情をしていた。
「なんやそれ！ どういうことや！？」
「どうも、こうも……言葉通りだよ、はやてちゃん……」
はやての怒鳴り声もなのはにどこか遠くに聞こえた。
ユーノに振られた。
その事実はどんなに否定したって変わらないのだ。
「――なのは……」
フェイトの声もどこか弱々しく聞こえる。
そんな声を聞きたくなかった。そんな声を出させたくなかった。
だから、なのはは必死に明るく振る舞った。
「フェイトちゃんがそんな悲しそうな顔をしなくてもいいよ
――結局は、私の片想いだったんだ……」
なのはは笑って見せた。
二人にこれ以上心配を掛けたくなかった。
――これは自分自身の問題なのだから。
「やっぱり今日はお出掛けをやめるよ……まだ、いろいろ一人で考えたいことがあるんだ」
その一言を残して、なのははカフェを後にして自分の部屋に戻った。
その場に残されたフェイトとはやては、何も声をかけることが出来ず、その場に立ち尽くした。
薄暗い部屋のベッドの上でうつ伏せになって、なのはは泣いた。
聞こえてくるのは、なのはの泣き声だけ。
「――なんで……ねぇ、なんでっ……」
長い間、抱いていた想いは、なのは自身が思っていた以上に大きかった。
解っているのに。もう、振られてしまったと理解しているのに。
「――ユーノくん…………ユーノ君、ユーノくんっ……」
だけど、呼ぶのはユーノの名前だけ。
何度呼んでも、何度叫んでも、この想いは伝わらない。
泣きたくないのに、泣くのを我慢しているのに、涙は止めどなく溢れて来る。
――なのははその日も泣き明かした。
「どういうことや……ユーノ君！」
「いきなりそんなこと言われても、さっぱりわからないよ」
突然、はやてに呼び出されたので来てみたら、いきなりなんだとユーノは思った。
はやてが眉を吊り上げてこっちを睨んでいる理由も分からないし、フェイトが軽蔑の目で見ている理由も分からない。
――いや、心の奥底では理解していた。分からない振りをしていた。
「とぼけないで、ユーノ……なのはのことだよ」
普段のフェイトからは聞くことのない怒気を含んだ声。
その言葉を聞いて、やっぱりか、とユーノは思った。
「どうしてなのはちゃんを振ったんや！ ユーノ君はなのはちゃんのこと好きやったんやろ？」
はやての声は、誰もいない廊下に響いていく。
どうやら自分の気持ちはずっと前からとっくにはやて達にはばれていたようだった。
はやてが言っていることに間違いはない。
確かにユーノはなのはのことが大好きなのだから。
だからこそ、なのはを振ったのだから。
「ああ、そうさ……僕はなのはを振ったよ、大好きだからこそ、大切に思うからこそ、
――僕はなのはと付き合うことは出来ないんだ」
「なんで！？ なんで好きなのに、ユーノは付き合わないの？ そんなのおかしいよ！」
眉を吊り上げてフェイトはユーノに詰め寄る。
フェイトの真剣な目を見て、ユーノは観念したかのように、静かな声で語った。
「――僕はね……もうすぐ死ぬんだ……」
「……っ！」
「……どういうことや？」
フェイトとはやてが驚く顔をユーノは見た。
そうなるのは必然だ。近しい人がそんなことを言えば当然だ。
二人の驚く顔を見ながらユーノは続ける。
「――脳神経圧迫症状って言ってね……簡単に言うと、現在の医療じゃ直すことの出来ない難病
――医者の見立てじゃ、長くても数年の命だ……」
二人は目の前の現実に絶句しているようだった。
目は見開かれ、口は大きく開いたままになっている。
どちらにしても、いつかは伝えなきゃいけないこと、それが今だっただけ。
だから言ったことには後悔はない。
「――だからね、僕はなのはを振ったんだ。
なのはのことが好きだから、大切だから、僕はなのはを悲しませたくないんだ。
僕といる時間が長くなればなるほど、その分、悲しみは増すんだ。
だから、最初からそんな時間は無くせばいい。それなら、なのははきっと悲しまなくてすむ」
これはユーノの偽りなき本心だった。
きっと、なのはと付き合って、愛し合って、幸せな日々を送れば送るほど、それを失ったときの悲しみは大きくなる。
大切な時間は、それが大切なほど、その時間を失うことに耐えられなくなる。
ユーノは絶対に、なのはには悲しい想いをさせたくなかった。
ただ、それだけだった。
――たとえ、今が悲しくても。
「……本当なの、ユーノ？ 本当にユーノの身体は――」
「信じられないかもしれないけど、これは現実だよ。――僕は、近いうちに死ぬと思う」
フェイトの言葉にユーノは肯定の意を表す。
病気のことはもう覆せない事実なのだから。
「ユーノ君……ひとつやけ言わせてもらう……」
「……なに、はやて？」
はやては一度目を閉じてから、言葉を紡ぐ。
「確かにな、ユーノ君のゆうことは合っているかもしれない、付き合ってるユーノ君が死んだら、すごく悲しむと思う
――だけどな、それやとなのはちゃんは、きっと幸せにならへんっ！」
「……どういうこと、はやて？」
はやての言葉には、ユーノは少なからずとも衝撃を受けていた。
自分が正しいと思っていたこと、正しいと信じたかった道を、否定されたのだから。
「なのはちゃんはユーノ君のことが好きなんや、その気持ちは何処にいくん？
たとえ一緒に過ごせる時間が短くても、一緒に過ごしたほうがきっと幸せや、
――好きだという気持ちが伝わらずに、一緒にいられる時間が無いほうが不幸や！」
確かにはやての言っていることも正しい。
想いが伝わらず、わずかな時間さえ一緒にいられない――それは不幸ではないのだろうか。
「だけど、例えそうだとしても、僕にはそんなことは出来ない。悲しませると理解していて、なのはと付き合うことなんてきっと出来ない」
「時間が短くても、想い出が残るやろ！ ユーノ君と一緒に居たという大切な想い出が！」
ユーノは目を瞑って、想う。
これが、最善だと。なのはにとってこれが一番だと。
「その想い出は、きっと……なのはを縛る鎖になってしまう。重たい枷になってしまう。
そんなことは、僕は望まない。――なのはは自由に大空を飛ぶべきなんだ」
ユーノはなのはの姿を思い浮かべる。
空を自由に駆ける姿。何者にも縛られることのない翼。
その姿を失わせたくなかった。ずっと見続けていたかった。
「本気でそう思ってるんなら、ユーノ君には失望や！ なのはちゃんのこと全然分かってあらへん！」
「……話はそれだけ？ 僕は明日も忙しいから、帰らせてもらうよ……」
はやての悲痛の叫びを聞きながら、ユーノははやてとフェイトに背を向ける。
これ以上ユーノは二人の話を聞きたくなかった。
「――――ユーノ……なのはを不幸にしたら許さないから」
フェイトの言葉を背に受けながら、ユーノはその場を立ち去った。
辺りを見回すともう暗くなっていた。
ベッドから起き上がり、時計で時間を確認する。
どうやら、泣き疲れて寝てしまったようだと、なのはは思った。
「……頭、冷やしてこよ……」
外に出ようと思い、上着を羽織る。
暗い部屋を出て、誰もいない廊下を一人歩いていく。
「……みんなに心配させちゃったなぁ」
なのはの頭の中には、親友二人の驚きの表情が焼きついていた。
自分の所為で、あんな顔はもうさせたくなかった。
「はやく、元気にならないとな……みんなに迷惑かけちゃう」
自分は仕事でも重要な位置にいるのだ。周りに迷惑なんてかけられない。
携帯を開いて時間を確認しながら、廊下のかどを曲がった。
「―――――や、ユーノ君！」
「……っ！！」
廊下を曲がった先から聞こえた大声に驚いて、なのはは反射的に元来た廊下に身を隠した。
聞こえたのは『ユーノ』という言葉。
今は、あまり聞きたくなかった言葉だった。
（…………はやてちゃん？）
聞こえてきたのは、はやての声だとなのはは気付いた。
どうしてこんな所に、という疑問が頭の中をよぎる。
「―――ないで、ユーノ……なのはのことだよ」
（フェイトちゃん？ ……それ、に……）
今度ははっきりと声が届いた。
そして、そこに誰がいるのかを理解してしまった。
（……ユーノ君）
一番逢いたくて、逢いたくなかった人。
ユーノがそこにいると分かっただけで、なのはの心はグチャグチャになってしまった。
そして、同時に気付いてしまった。
はやてとフェイトが、ユーノに詰め寄って怒鳴っていることを。
たぶん自分のこと――ユーノに振られたことに違いなかった。
自分のせいで、親友たちが言い争うのを見たくはなかった。
すぐに間に入って、止めたかった。
だけど、なのはの足は震えて一歩も動かなかった。
そこまで行く勇気がなかった。
そのまま、立ちすくんで、はやてとフェイトとユーノの会話をただただ聞くしかなかった。
ユーノが立ち去って姿が見えなくなったとき、ガシャンという何かが落ちる音をはやてとフェイトは聞いた。
「……だれや！？」
「誰かそこにいるの？」
「――にゃはは……なのはだよ」
廊下のかどから出てきたなのはを見て、はやてとフェイトは驚いた。
「――なのはちゃん……」
「なのは……いつからそこに…………」
なのはは何でも無いかのように微笑みながら立っていた。
二人に迷惑をかけないように、微笑んだ。
しかし、やはりはやてとフェイトには、その微笑が痛々しいものにしか見えなかった。
「なのは、今の話を聞いてたの！？」
なのははコクリと頷いてフェイトの目の前まで移動した。
「うん……聞くつもりは無かったんだけど……聞こえちゃった。
――そっか、ユーノ君病気なんだね……治らないんだね」
治らないんだ、となのはは小さく繰り返すように呟いた。
そして次の瞬間、なのはの身体が足からガクッと崩れ落ちた。
「なのはちゃん！！」
「なのはっ！」
地面にぶつかる前にフェイトがなんとかなのはを支えた。
なのははそのまま目を瞑り、意識を手放した。
――現実と夢の狭間で。
――少女はまだ、一人で泣いている。
あとがき
今回は結構書くのが大変だった話です。何とか挿絵を描きました。なのはの胸が大きすぎた？
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