――本日は快晴。
雲ひとつない空が広がり、青色が空を覆いつくしている。
海鳴市は暖かな日差しに包まれていた。
「――おまたせっ、ユーノ君」
「――久しぶり、なのは」
そこには確かに、穏やかな風景が広がっていた。
――儚い、一瞬でしかない、暖かな、穏やかな風景が。
魔法少女リリカルなのは Eternal-Memory Scene2 穏やかな風景
「ユーノ君、最近仕事のほうは大丈夫？」
「いつも通りだよ……人手が圧倒的に足りないね」
なのはの問いかけに、いつも通りの答えを返すユーノ。
無限書庫は、やはり人手が足りない。
「無理しちゃダメだよ？ みんな心配するし……」
「――――無理なんかしてないさ」
ユーノは平静を保ちながら、嘘まみれの言葉を返す。
もう、身体はボロボロだ。とうに限界は来ている。
だけど、それをなのはに知られるわけにはいかない……余計な心配はかけさせたくない。
「……私だって心配するんだからねっ」
「ありがとう、なのは……すごく嬉しいよ」
好きな人が自分のことを心配してくれる。
そんなに幸せなことがあるのだろうかと、ユーノは思う。
「本当に大丈夫だから……そういえば、今日ヴィヴィオはどうしているの？」
不意にヴィヴィオのことが気になったユーノはなのはに聞いてみた。
「今日はフェイトちゃんに預けてきたよ……久しぶりで二人でお話したかったから……」
「フェイトの所か……うん、また休暇が取れたらヴィヴィオに会いに行こうかな」
「きっとヴィヴィオも喜ぶよ！ ヴィヴィオ、ユーノ君のこと大好きだもんね」
嬉しそうに微笑むなのはを見て、ユーノは幸せな気分になる。
こんな時間が永遠に続けばいいと、心の底からユーノは思った。
「まずはどこに行く？」
「翠屋に行こうと思うんだけど……いい？」
「全然かまわないよ、久しぶりに士郎さんたちにも挨拶したいしね」
どうやら寝不足なことは気付かれていないようだと、なのははホッと息をついた。
昨日は緊張でなのははまったく眠ることが出来なかった。
なぜならば、今日、なのははひとつの事を心に決めてきたからだ。
――ユーノに告白する。
それがなのはの今回の最終目標だった。
今までズルズルと先延ばししていた事に決着をつけようと思ったのだ。
振られたらどうしようとか、ユーノ君に嫌われたらなど、いろいろなことが頭を駆け巡った。
この会話をしている瞬間でさえ、なのはの頭の中にはそんなことが浮かんでいる。
「じゃあ、早く行こう、ユーノ君！」
なのはとユーノは翠屋に向けて駆け出した。
「いらっしゃい……あら、ユーノ君お久しぶりね」
「おお、ユーノ君か。久しぶりだな」
「こちらこそお久しぶりです、士郎さんに桃子さん」
海鳴の街に来るのも本当に久しぶりだなと、二人の顔を見て改めてユーノは実感した。
ここには暖かな雰囲気があると、本当に思う。
いつまででも居たい、そんな空気が漂っている。
――それは、叶わない願望だけれども。
「――はいっ、ユーノ君。うちの店のケーキだよ」
「ありがとう。すごくおいしそうだね」
真っ赤に染まったイチゴがのせられたショートケーキをなのはがユーノに手渡した。
受け取ったイチゴのショートをフォークですくい、ユーノは口元に運ぶ。
イチゴの甘みとクリームの甘みが見事に交じり合った、とてもおいしいものだった。
「――うん、すごくおいしい」
「ほんとに？ それなら良かったよ」
なのはが手に持ったポッドでティーカップに紅茶を注いでいく。
すぐに紅茶のいい匂いがユーノの元にも匂ってきた。
ユーノは窓の外をボーと眺める。
その見つめる先には、人、車、空……あらゆるものが、変わりのない幸せな日々の中にいた。
こんなに、穏やかな気分になれる日は久しぶりだ、とユーノは思った。
なにもかも幸福の中に在って、穏やかな至福に包み込まれている。
――自分の身体のことを忘れてしまうほどに。
「――ボーとして何を考えてるの？」
ユーノが気付いたときには、なのはがティーカップをこちらに手渡そうとしていた。
ユーノは苦笑しながらなのはに答える。
「ちょっと……いろいろ、考え事をね」
「むっ……せっかく、久しぶりのお休みなんだから、一人で考え事しないでよ」
ちょっと頬を膨らませて怒るなのはに、またユーノは苦笑しながら謝る。
「ごめん、ごめん……なのは」
「………………そ、それに……せっかくの……デートなのに……」
「ん、何か言った？ 声が小さくて聞こえなかったんだけど……」
「んんっ、なんでもないよ！」
なのはの勇気を振り絞った言葉はどうやらユーノには伝わってなかったようだ。
ハーとため息をついて、なのはは紅茶をユーノに渡した。
「さて……これから、どうしようか？」
翠屋でのティータイムを終え、ユーノはなのはに聞いてみた。
特にユーノのほうには、この先のプランはなかった。
このまま、まったりと翠屋にいてもいいくらいだ。
「もう一ヶ所、行きたいところがあるんだけど……」
「うん、じゃあそこにいこうか」
なのはとユーノは並んで木々の間を歩いていく。
町から少し外れた。木々が茂る林の中を二人は歩いていく。
「――ここは……？」
「ここはね……」
何処か懐かしい風景がユーノの目の前にあった。
周りに生えた木々も、周囲の緑の匂いも、どこかで感じたことがあった。
「……ユーノ君と初めて逢った場所だよ」
「――あっ」
どうりで見覚えがあるはずだ、とユーノは思った。
ここは始めてなのはと出逢った場所。
――ユーノはただの死にかけのフェレットで。
――なのははただの小学生でしかなかった。
全ての始まりの場所。
新しい出逢いも、悲しい事件も、嬉しかったことも、なにもかもがここから始まった。
「でね……ユーノ君……大切な話があるんだ」
「――大切な話……」
全ての始まりの地でなのはは言うと決めていた。
この場所がなければ、今の自分はいなかった。
魔法も知らずに、大切な絆を繋げられずに、ただ普通の生活をしていたはずだ、となのはは思う。
――なにより、ユーノ君に出逢えていなかった。
「――あれから、１０年だね……ユーノ君と始めて出逢ってから」
「うん……もう１０年もたった」
なのはは空を見上げる。
青い、青い空が、なのはの目の前に広がっている。
「ユーノ君と出逢えたから、今の私は飛べるんだよね」
なのははユーノの目の前まで行って、ユーノのほうを向いた。
その顔は紅く、幸せに満ち溢れている。
「――１０年間……ユーノ君が傍にいたから、支えてくれたから……ここまで来ることが出来た」
「それは違うよ……なのはが頑張ったからだよ。僕はきっかけを与えただけ」
ユーノも穏やかな顔でなのはの言い分をやんわりと否定する。
「ううん……何度も挫けそうになった、もう飛べないと思ったときもあった……」
なのはがユーノの手を取り、自分の手を絡めた。
ユーノの手のひらの温かみをなのはは感じる。
「……だけど、私はまた飛ぶことが出来た。……それはユーノ君がいてくれたから、そして――」
なのはが手に少し力を入れて、ユーノの手を握り締める。
――言おう。
漠然となのははそう思った。
今言わなければ、きっとこの先も言うことなんて出来やしないと。
だから、緊張して振るえる唇の振るえを押さえを口を開いた。
「――――ユーノ君……私は貴方のことが大好きです」
「――なのは……」
顔を真っ赤にして、震える声で告白するなのは。
そんななのはを驚いた顔で見つめるユーノ。
「私は……ユーノ君とずっと一緒に居たいんだ、傍にいて欲しいんだ……」
なのはの言葉にユーノはかなりの衝撃を受けていた。
一番大切な、大好きな人が自分に告白してくれたのだ。
「……だから、わ…私と付き合ってくださいっ……」
そのなのはの言葉も、ユーノがいつか夢見ていた言葉だ。
なのはと結ばれたい、愛し合いたい……そんな夢を見続けていた。
それこそ、ずっと一緒に居たい、永遠を過ごしたいとでさえ思っていた。
――だけどそれは、決して叶わない夢。
だから、だからこそ……ユーノは覚悟を決めた。
――夢を終わらせる覚悟を。
「――なのは、ありがとう」
顔を真っ赤にさせてこちらを見るなのはに、ユーノはやさしく声をかけた。
「――僕は君のことが好きだった……それこそ、出逢ったときからずっと」
「……うん」
なのははユーノに『好き』だといわれて、さらに顔を真っ赤にした。
それはなのはが心から望んでいた答えだったから。
――なのはは束の間の幸せに浸っていた。
――この先に、絶望が待っていたとしても。
「――だけど、だからこそ、僕はなのはに好きになってもらう資格が無い……」
「――えっ？」
幸せそうな顔が一変して、驚きと不安が入り乱れた顔に変わった。
「なのはが、僕のことを好きだと言ってくれるのは本当に嬉しい……
――だからこそ、僕はなのはと付き合うことは出来ない……」
なのはの瞳から、透明な雫が流れ出した。
ユーノが言ったことが、しっかりと頭の中に入ってこない。
「……なん…で…………ねぇ……なんでっ、ユーノ君！」
「なのは、ごめん。――僕はそれしか言うことができない」
さらになのはの瞳から涙が溢れ出す。
止めど無く溢れ、尽きることなく流れる涙。
なのはは理解をしまった。
認めたくない現実を、自分の夢がもう叶わないという事を。
――自分が振られてしまったと。
「――なのは、僕はそろそろ仕事に戻るよ……
――なのは、これだけは忘れないで……本当に僕は嬉しかったんだ」
そんな言葉を残し、ユーノは転移魔法によってなのはの目の前から消えた。
これ以上、あんななのはの顔を見ていられなかったから。
そして、あんな顔をさせてしまったのは、自分だという事を認めたくなかったから。
だけどユーノは思う。
これで全ては正しかったんだと。
みんなが幸せになれると。
ユーノが消えた後、なのはは泣き続けた。
初めて出逢った場所で、想い出の場所で泣き続けた。
――町の外れの小さな森で、一人の少女が泣いた。
――そんな、悲しい、穏やかな風景。
続く
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