――しあわせで
――ほんとうにしあわせで
――時間(とき)が止まってしまえばいいと想った
魔法少女リリカルなのは Eternal-memory Scene5 過ぎてゆく時間
『――もしもし、僕だ』
「いきなりそれは無いんじゃないかな、クロノ」
いきなりの電話を取ってみれば、クロノからの電話だった。
クロノからの電話が来るとなんとなく嫌な気分になるのは、たぶん今までの無茶な依頼のせいだろう、とユーノは思う。
だけど、そんな無茶な依頼の電話も、きっといい想い出になるだろうとも、ユーノは感じていた。
『仕事を……無限書庫の勤務をやめたそうだな』
「そうだよ、もっと大切なモノを見つけたからね」
やっと、やっと見つけた大切なモノ――なのはを思い浮かべてユーノはくすりと笑った。
『なんだユーノ、急に笑うなんて気持ちが悪いぞ』
「クロノにそんなことを言われるのは心外だな……」
二人は他愛もない会話を二人は楽しむ。
『君が居なくなって、だいぶ無限書庫は大変だったらしいな』
「これでもなるべく被害を最小限に抑えたんだ。そこのところをきちんと理解して欲しいね」
ユーノが抜けて、無限書庫は本当に大変なことになった。
しかし、２年前の大混乱に比べたらずいぶんマシになった。
確かにユーノが抜けた穴は大きく、作業効率もかなり低下した。
それでも、無限書庫は機能し続けている。
「僕がいなくなっても支障が無いように、準備は前々からしていたからね」
ユーノの命はそう長くは持たない。そんなことは分かっていた。
だから、いつでもユーノは自分が居なくなってもいいように――消えてしまってもいいように準備をしていた。
『そうだな……ところで、体のほうは大丈夫なのか？』
「一応、治療に専念することにしたよ……まぁ、それでもこの体は治らないけどね」
ユーノの病気には完治はない。
治療を行っても、症状の悪化を遅らせるか良くても現状維持しか出来ない。
『どのくらい持つんだ？』
「……２、３年くらいかな、魔法を使用しないことが大前提だけどね」
わずかな沈黙の後、クロノは口を開いた。
『――これから、どうするんだ？』
「僕のことを好きだといってくれた、大切な人のために生きようと思うよ」
『そうか……』
ユーノはなのはのことを想う。
とても、とても大切な人。絶対に不幸にはしたくない女の子。
その笑顔が消えないように、生きて行こうと改めて心に刻む。
『仕事が片付いたら君の所に顔を出すことにするよ』
「わかったよ」
そしてユーノは電話の電源を切る。
久しぶりの悪友――クロノとの会話はそれなりに有意義なものだった。
ふと、左手にはめた腕時計を見る。
１１時１５分。
どうやら、クロノと長く話してしまったようだ、とユーノは後悔する。
約束の時間は過ぎてしまっていた。
だけど、ユーノの顔には笑みが浮かんでいた。
きっと、彼女は頬を膨らまして、可愛らしい顔で怒っているのだから。
「――ユーノ君、遅いっ！」
「――ユーノパパ、ちこく〜」
ユーノの予想どおりというか、なのはは頬を膨らませて怒っていた。
やはり、ものすごく可愛い顔で……これもユーノの予想通りだ。
唯一予想外だったのは、ヴィヴィオも頬を膨らませてプンプンと怒っていたことだ。
「ごめん、なのは、ヴィヴィオ」
まだ少し、む〜として頬を膨らませているヴィヴィオの髪を優しく撫でる。
くすぐったそうにするヴィヴィオを、ユーノはそのまま抱っこをする形で抱き上げる。
「わぁ〜たかい！」
はしゃぐヴィヴィオを見て、ユーノはヴィヴィオのことを想う。
まだ、ヴィヴィオとはたくさんの時間を過ごしたわけではない。
どちらかというと、会って間もないほうだ。
なのに、ヴィヴィオは自分をパパと呼び慕ってくれる……それは嬉しいことだ、とユーノは心の底から思う。
「さあ、いこうか……なのは」
「うんっ」
先ほどまで頬を膨らませていたというのに、なのはは笑顔で答えた。
なのはの告白を受け入れてから、ユーノは無限書庫の勤務をやめた。
それよりも大切なモノのために生きていくことを選んだのだから。
誰よりも大切ななのはと、少しでも長く生きてゆくためにユーノは治療に専念することにした。
そんなことをしても、最期は同じだけれども、何もしないよりはマシだった。
こうしてなのはが休みの日に、ヴィヴィオと三人で出かけるのも、すでに当たり前のことになっていた。
特に何をするわけではない、ただ３人一緒にいるだけ。
それでも、ユーノは……なのはは幸せでいっぱいだった。
それは、二人が望んで、やっと掴んだ時間なのだから。
「やっとついたね」
２０分ほどかけて歩いて着いた先は、小高い丘の頂上だった。
ミッドチルダの街から離れたこの丘には、たくさんの緑で溢れていた。
柔らかい草が辺り一面に敷き詰められ、まるで緑のカーペットのようだった。
「こんな場所があったんだ……」
なのはが驚いた表情で周りの景色を見ていた。
なのはの目には、美しいミッドチルダの街が遠くに見えた。
「うん……僕のお気に入りの場所だよ」
暖かな日差しと、透き通るように吹き抜ける風。
何もかもが、気持ちよさを感じさせている。
「うわぁ〜きれい」
ヴィヴィオも遠くに見えるミッドチルダの街を見てそんな感想を呟いた。
「街を歩くのもいいけれど、たまにはこういう自然の中っていうのも気持ちいいよ」
「そうだね、ユーノ君」
なのはとユーノは自然と肩を隣り合わせて寄り添いあう。
そして、走り回るヴィヴィオを見ながらなのはは呟いた。
「ユーノ君……体のほうは大丈夫？」
心配そう、あるいは悲しそうな瞳をなのははしていた。
そんな顔をユーノはなのはにさせたくなかった。
だから、なのはの手をギュッと握り締めて、優しく語り掛ける。
「大丈夫だよ、なのは……身体を動かすのは平気なんだ、魔法さえ使わなければ大丈夫」
もう、病気が治ることはないけれど……と、ユーノは言葉を続けた。
もちろん、なのはもそのことを知っていた。
「……それでも、ずっと一緒だよ、ユーノ君」
「……もちろんだよ、なのは」
“ずっと”なんて、ありえない。
それは永遠に叶わない夢。叶うはずのない願い。
それでも、ユーノとなのはは“ずっと”を誓い合う。
たとえ、傍にいなくても、想いは永遠と続いていくのだから。
「そろそろ、お昼にしようか」
「おひる、おひる〜」
丘の上にある、大きな木の下でなのははお弁当を広げる。
その場所は、ちょうど日陰になっていて気持ちよかった。
「今日は、私の手作り弁当だよ」
「なのはの手作り弁当か……すごくおいしそうだよ」
開けられたお弁当箱の中には、色とりどりのおかずとサンドイッチが詰め込まれていた。
「いただきま〜す」
元気な声で挨拶をしてから、ヴィヴィオがサンドイッチに手を伸ばす。
そして、とても幸せそうな顔をしながらサンドイッチを食べる。
「じゃあ、僕も……いただきます」
ユーノはサンドイッチを手にとって、パクリと食べる。
「うんっ、やっぱりなのはの料理はおいしいよ」
「ありがとう、ユーノ君。 こっちの卵焼きも食べてみてよ、自信作なの」
なのはが卵焼きを箸で挟んで、こちらに向けてくる。
俗に言う、あーんというやつだ。
少しばかりユーノには抵抗があったものの、素直に口を明ける。
「――すごくおいしいよ」
「――にゃはは、そう言ってもらえると、作ったかいがあるよ」
「なのはママはお料理がとっても上手なの」
小高い丘の上で、三人はひとときの幸せをかみ締めていた。
なのはの手作りのお弁当も食べ終えて、ユーノとなのはとヴィヴィオは、芝生の上で寝そべっていた。
ヴィヴィオを真ん中にする形で、両側になのはとユーノが寝ている。
暖かな日差しが、ポカポカと当たって気持ちがいい。
「気持ちいいね、ユーノ君……ヴィヴィオは寝ちゃったかな？」
「そうみたいだね、気持ち良さそうな顔をして寝ているよ」
真ん中に寝そべっていたヴィヴィオは、いつの間にか寝てしまっていた。
気持ち良さそうな顔をして、すぅすぅ、寝息を立てている。
なのはとユーノの間に風が吹き抜けていく。
「――なのはは今、幸せ？」
ユーノにとってその問いは、何よりも大切なことだった。
なのはには心の底から幸せになってほしい。
だけど、ユーノにはなのはを幸せにする的確な方法を知ることは出来なかった。
考えても、考えても、答えを得ることは出来なかった。
だからこそ、なのはに問う。
“幸せですか”と――
「――幸せだよ……本当に幸せだよ」
上半身を起こして、小さな声で、確かになのははそう言った。
「ユーノ君と一緒にいることが出来る……それは永遠じゃないかもしれないけれど、私は確かに“今”に幸せを感じているよ」
それはユーノが一番欲しかった言葉。
なのはは幸せなのだ。
“未来”なんて分からないけれど、確かに“今”という時に幸せを感じている。
「――時間(とき)を止める魔法があればいいのにな……」
そんな都合のいい魔法なんてあるはずがない。
だけど、今が幸せすぎるから、なのははそんなことを想ってしまう。
「時間は止められない、時間は流れてゆくものだから……だけど、想い出は記憶を止めることができる。
それこそ、想い出は想い続ければ永遠に残り続ける。そんな、想い出をなのはと紡いで行きたいと想っているよ」
「そうか、そうだよね……」
なのはは広く澄み渡る空を眺めながら想う。
ユーノ君のことを。
自分のことを。
これからのことを。
「……いっぱい作ろうね、想い出」
「……うん、たくさん作ろう」
時間(とき)は止められない、だからこそ今を大切に生きてゆく。
――ただ時間(とき)は過ぎてゆく。
つづく
あとがき この話の位置付けは、何気ない日常の一時です。なので、前回とは話の雰囲気が違うかもしれません。 Eternal-Memoryはもう少し続きます。どうぞ、最後までお付き合いを……
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