――君と過ごした時間はいつまでも輝いていて
――貴方との大切な時間は確かにそこにあって
――君の笑った顔が忘れられなくて
――貴方の言葉が忘れられなくて
――君を手放したくなかった
――貴方を見失いたくなかった
魔法少女リリカルなのは Eternal-memory Scene4 大切なモノ
真っ暗にした部屋の片隅で、ユーノは一人なにもない天井を見つめる。
そして、ユーノの頭の中に浮かぶものは、はやてとフェイトとの会話。
「――嘘、ついちゃったな……」
自分の体のこと。自分の病気のこと。
数年の命だなんて、そんなことは甘い考えだと分かっていた。
このまま仕事を続ければ、そんなに持たないこともユーノには分かりきったことだった。
きっと二人に知られていたら、必死に自分を止めるだろうと簡単に予想がつく。
そんなことをされたくなかった。だから二人に嘘をついた。
「――想い出か……」
はやての言葉が頭の奥底でよみがえる。
ユーノが何度も忘れようとしても、その言葉は消えない。
そして、考えてしまう。――どれが正しかったのかを。
「――僕は何を考えているんだ、もう決めたことじゃないか……」
ユーノが決めたこと。それは、なのはから離れること。
なのはが大切だからこそ、悲しませたくないからこそ、別れたのだから。
そう思っていたのに。それが正しいと決めたのに。
はやての一言で迷ってしまうほど、ユーノの答えは脆いものだった。
「……僕は、どうすればよかったんだ」
ユーノは何度答えを導き出そうとしても、その答えはまったく出てこなかった。
なのはにいつまでも笑っていて欲しかった、悲しみなんて与えたくなかった。
『なのはを不幸にする』
はやてのその一言が、何度もユーノを責め立てていた。
自分の出した答えは、結果的になのはを悲しませている。
（――僕は、離れることが正しいと思っていた……）
なのはを悲しませたくなかったから。
一緒に居れば居るほど、大切な時間が大切なほど、それを失う悲しみは大きくなる。
ユーノはそんな悲しみや苦しみをなのはに残したくなかった。
一緒に居る時間なんて、最初からなくせばいいとユーノは思っていた。
――それがなのはを幸せにする唯一の道だと思っていた。
だから、なのはから離れ、誰かのためにという理由でユーノは仕事に没頭した。
しかし、それが本当に正しいのか分からなくなってしまった。
なのはと別れたのは正しかったのか、そんなことがユーノの頭の中を巡る。
自分の導き出した答えは、唯一の道ではなく、脆いものだったんだなとユーノは改めて思った。
道はいくつもあって、どれもが正しくて、間違っていた。
（僕は……なのはのために何が出来るんだろうか……？）
結局、ユーノの行き着く所はそれだった。
なのはのための選択。
すべては、そこに帰結する。
（――わからない……どうすればいいのか、何が正しいのか……）
ユーノはそのまま思考の海へと沈んでいく。
深く、暗い、先の見えない海の中に。
（…………なのは）
思考の海の中で、その言葉だけを呟いた。
目を覚ませばそこは見慣れた天井。
左右を確認する。やはり見慣れた自分の部屋。
「……あれ？ わたし、どうしたんだろう……」
よくよく周りを見てみると、少し離れたテーブルでフェイトが伏せるように寝ていた。
「――フェイトちゃん……？」
何故？――と思った瞬間、忘れかけていた記憶がなのはの頭の中に雪崩れ込んだ。
外に出ようとしていたこと。
はやてとフェイトを見かけたこと。
ユーノが病気だと言うことを。
「…………っあ」
なのはは自分が倒れてしまったことを思い出した。
ユーノの寿命が短いと知って、目の前が真っ暗になってしまったことも思い出した。
「―――ユーノ君」
ユーノの名前をなのはは呟く。
その声は、薄暗い部屋に響いて、消えた。
フラフラする体を支えながら、かけられていた毛布をはがす。
なのはは寝てしまっているフェイトの傍まで行き、毛布をかける。
「心配かけてごめんね、フェイトちゃん」
きっと、倒れてしまった自分をここまで運んでくれたのだろうと、なのはは思った。
そんな親友には感謝してもし足りないし、同時にごめんなさいの気持ちも湧いてくる。
なのははそのまま窓を開けて夜空を見上げる。
冷たい夜風がなのはの頬を掠めていく。
真っ暗な空には、ただただ月と星が光り輝いていた。
「――私は、どうしたらいいのかな……」
空を見上げたまま、なのはは想いを巡らせる。
全てを知ってしまった。――ユーノが死ぬと知ってしまった。
今にでも泣き崩れて、何もかもを否定したかった。
なのはにとって、そうすることは簡単だった。そうすれば、すぐに楽になれるかもしれなかった。
だけど、なのははそうしなかった。
「――きっと、ユーノ君は私よりも苦しくて、辛くて、悲しいんだよね」
そう思うと、なのはは何とか涙が溢れるのを止めることができた。
そうして想う。ユーノのために出来ることがないかと。
自分は振られてしまったけれど、ユーノを幸せにしたいと。
とどのつまり、なのはとユーノは似たもの同士なのだ。
ユーノにとってなのはが一番大事なように、なのはにとって一番大事なのはユーノなのだ。
二人の想いは同じなのだ。
大切な、大好きな人が幸せであれば、それでよかった。
――それは、それは一つだけの大切な想い。
だからユーノが考えたように、なのはもまた考える。
これからどうするのかを、どうするべきなのかを。
「――ユーノ君の、幸せ……」
ユーノの幸せについて、なのはは想いをめぐらせる。
いつでも傍にいて、暖かい温もりをくれた。
そんなユーノは、一体何を求めているのだろう、と思う。
「……どうすれば、いいんだろ」
何度も何度も考える。
間違えないように、終わらせないように。
そして願った。
もう一度、絆を繋げたいと。
コンコンと扉が叩かれる音が、本しかない飾り気のない部屋に響く。
「――誰？」
読書中の本に栞を挟んで、扉に向かってユーノは歩き出す。
相手からの反応はなかった。不審に思いながらも、扉を開ける。
「――どちらさ、ま……」
相手の顔を見た瞬間、ユーノの息は止まった。
視点がうまく定まらなかった。相手の顔すらまともに見ることが出来なかった。
それでもユーノは、一言だけつぶやく。
「…………なのは」
目の前になのはがいた。
「にゃはは……なのはだよ」
ユーノには分からなかった。
いつも通りの笑顔で、いつも通りに話しかけてくるなのはを理解できなかった。
（どうしてっ、なのはが……）
ユーノの頭の中は疑問で埋め尽くされていた。
自分は……なのはを振ったというのに。
「――中、入ってもいいかな？」
「あっ……うん……」
訳も分からず思考がうまく働かないユーノに対して、なのははひどく落ち着いていた。
その落ち着いた表情が、ユーノの混乱に拍車をかけていた。
「ユーノ君……少しだけ、お話があるんだ」
「――話……？」
なのはがユーノのベッドの上に腰掛ける。
そんななのはを、ユーノはただただ見ていることしかできなかった。
そして少しの沈黙の後、なのはは口を開いた。
一番聞きたかったこと、確かめたかったことを聞くために。
「ユーノ君……病気って本当なの？ 治らないって本当？」
ユーノの心臓がバクッとはねた。
「……誰から、聞いたの……病気のこと」
それは、なのはの質問に対する肯定の答えだった。
そしてなのははうつむきながら答える。
「ユーノ君がはやてちゃんたちと言い争いをしている所を偶然……」
「……そうなんだ」
「――否定しないんだね、病気のこと」
「――うん、それが現実だから」
なのはとユーノの間に、また沈黙が訪れた。
ユーノは何を喋っていいのか分からなかった。
自分はなのはを振った。そんな自分がなんて言葉をかければいいのか、ユーノには分からなかった。
「――最後にもう一度言わせて……
――――大好きだよ、ユーノ君」
「――なのは……」
「たとえ、ユーノ君が病気だったとしても、私はユーノ君と一緒にいたい」
「なのは……解っているの？ 僕は、死ぬんだ。だから……なのはとは一緒にいられないんだ」
ユーノは苦虫を潰した顔をして、言葉を綴っていた。
「なのはの気持ちはすごく嬉しいんだ……だけど、僕はそれを受け入れるわけにはいかないんだ」
なのはの言葉はユーノにとって本当に嬉しいことだった。
だけど、だからこそ、ユーノはなのはの気持ちに答えることができなかった。
自分は、ずっと一緒にいることは出来ない。なのはをきっと悲しませてしまうのだから。
「――僕は、なのはを不幸にはしたくないんだ」
それは、二度目の拒否。二度目の拒絶。
しかし、その言葉を受けても、以前のように取り乱さず落ち着いたままだった。
そして、なのははユーノに静かに問いかける。
「――ねぇ、ユーノ君はそれで幸せなの？」
「……えっ？」
驚きと戸惑いで、ユーノは声を上げていた。
自分の幸せなど今まで考えたこともなかった。そんなことに気付きもしなかった。
「私はね……ユーノ君に幸せになってほしいんだ。ユーノ君自身が幸せになってほしい
――だから、ユーノ君が本当に望むことは何？」
ユーノは言葉も出なかった。
ユーノはなのはの瞳を見た。まっすぐに見据えた、確かな瞳。
心の奥底では迷っていることでさえ見透かすような瞳。
そんな瞳に耐えられなくなって、ユーノは自分の本当の、嘘偽りのない言葉を吐き出した。
「僕は、なのはを悲しませたくない、なのはに幸せになってほしい……」
そこで一度、ユーノは言葉を区切った。
そして伝えた、本当に求めるものを。
「――本当にそう思っているのに、心の奥ではなのはと一緒にいたいと思ってしまっているっ！ 僕には、そんなことを言う資格なんてないのに」
言い終えた瞬間、ふわりと甘い香りと共に、なのはに抱きしめられていた。
なのはの優しい体温が、ユーノへと伝わっていく。
「資格なんて、関係ないよ……」
ユーノの耳元でなのはは囁く。
気持ちをこめて、想いをこめて。
「私もユーノ君と一緒にいたいんだよ……」
「だけど、僕は……なのはとずっと一緒にいられない。たった一瞬の幸せのために、なのはを悲しませたくないんだ」
その言葉を聞いて、なのははユーノを抱きしめる力をほんの少し強めた。
ユーノの胸の鼓動を、なのはは感じる。
「――ちがうよ、ユーノ君。その一瞬の幸せのために、みんな生きているの。その果てがどこに繋がっているかなんて誰にもわからないんだよ」
それにね、となのはは呟いて言葉を続ける。
「その一瞬で手に入れたものは、想い出として永遠に心の中に残り続ける。
――その想い出こそが私の幸せになっていくんだよ」
「――なのは」
ここまで言葉を紡いで、なのはは決心していた。
もう一度、もう一度あの言葉を伝えようと。
一度は途切れてしまった絆をふたたび繋げるために。
「―――好きです、私と付き合ってください」
二度目の告白。
なのはにとって最後と決めた告白だった。
何もかも、すべてを知った上での告白だった。
たとえ、これで振られてしまっても後悔はなかった。
「……いいの、なのははそれで幸せなの……？」
なのはは答えを口付けで返した。
今までの溜め込んだ想いを、すべて注ぎ込んだ口付け。
同時になのはの目尻から涙の粒が零れ落ちる。
嬉しくて、幸せで、涙が溢れてくる。
「――ユーノ君」
「――なのは」
二人は見つめ合ったまま、ベッドに倒れこむ。
ユーノの迷いはいつの間にかほとんど消えていた。
なのはの想いを受け止めたときから、なのはに抱きしめられた瞬間から。
二人の気持ちは一緒なのだから。
それはただ――――
一緒にいたいだけ。
それは、もう止められない想いとなっていた。
そして、ユーノはもう一度、自身に問う。
（僕はなのはを幸せに出来るのだろうか？）
やはり、その答えは出てこなかった。
だけど、目の前の幸せそうななのはの顔を見て、ユーノは新たに決意する。
この笑顔を絶対に壊さないようにと。
問題は山ほど残っている。だけど二人は微笑みあっていた。
やっと二人は一緒になれたのだから。
それは、それは、やっと手に入れた、大切なモノ。
あとがき
前回同様、なかなか書くのが大変だった話です。あまり話がまとまってないかも……（汗）
Eternal-Memoryはもう少し続きますので、お楽しみください。
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